小児科の臨床現場において、インフルエンザワクチンのシーズンは大忙しな日々ではないでしょうか。特に、注射の痛みを極度に恐れるお子さんへの対応は、なかなかに骨の折れる仕事です。
この長年の課題に対し、2023年3月27日、日本国内で待望の選択肢が承認されました。第一三共株式会社が製造販売する、経鼻弱毒生インフルエンザワクチン「フルミスト®点鼻液」(LAIV: Live Attenuated Influenza Vaccine)です
↓
https://www.daiichisankyo.co.jp/files/news/pressrelease/pdf/202410/20241004_J1.pdf
「痛くないワクチン」というキャッチコピーは、保護者にとって非常に魅力的です。しかし、その表面的なメリットだけでなく、本質的な価値とリスクを評価する必要があります。
特に、懸念されるであろうリスクは以下の通りです。
- 過去に米国で、A(H1N1)pdm09株への有効性不足から、ACIP(米国予防接種諮問委員会)の推奨が一時停止された事実。
- 「生ワクチン」であることによる、喘息・喘鳴の既往がある小児への安全性の懸念。
これらの懸念は、日本での導入にあたり、多くの医療関係者が臨床現場で自信を持ってLAIVを推奨することをためらわせる最大の要因となっています。
そこで本記事は、小児科医の視点から、直近5年間(2020年~2025年)の最新のエビデンスに基づき、LAIVの有効性・安全性を徹底的に解き明かすことを目的としています。
LAIVは単なる「痛くない」代替品なのでしょうか? それとも、不活化ワクチン(IIV: Inactivated Influenza Vaccine)とは根本的に異なる、独自の免疫学的価値を持つのでしょうか? そして、過去の懸念は、払拭されたのでしょうか?
ぜひ最後までお付き合いください。
LAIVのユニークな免疫機序:「3-Way」の防御と交差防御能
・LAIVの価値を理解する鍵は、「痛くない」という投与経路ではなく、「なぜ鼻から投与するのか」という免疫学的な理由にあります。
・LAIVは、筋肉内に抗原の「断片」を注射するIIVとは、免疫獲得が根本的に異なります。
自然感染を模倣する「低温順化」生ワクチン
・LAIVは、その名の通り「弱毒化された生きたウイルス」を用います。しかし、ただの弱毒化ではありません。このワクチン株は「低温順化(Cold-adapted)」という特殊な処理が施されています。
Immune responses after live attenuated influenza vaccination (Hum Vaccin Immunother
. 2018 Jan 3;14(3):571–578. ) ↓
・これは、ウイルスの増殖至適温度が体温よりも低い温度(例:25℃)に設定されていることを意味します。
- ワクチンを鼻腔に噴霧すると、体温より温度が低い上気道(鼻粘膜)では、ワクチンウイルスが効率よく増殖します。
- しかし、体温が高い下気道(肺など)では増殖が著しく制限されます。
これにより、LAIVは肺に感染して重篤な肺炎を引き起こすことなく、自然感染の主要な侵入経路である鼻粘膜で「局所的な感染(の模倣)」を引き起こします。この「自然感染の模倣」こそが、IIVでは得られない独自の免疫応答を誘導するのです。
3-Way Immune Response:3つの異なる防御システム
・LAIVは、この局所感染の模倣を通じて、全身に3つの異なる免疫システムを同時に活性化させます。これは製造元などから「3-Way Immune Response(3方向の免疫応答)」と呼ばれています
↓
1. 第1の防御:粘膜免疫 (Mucosal IgA)
最大の特長は、ウイルスの「侵入経路」そのものである鼻粘膜に、強力な局所免疫を誘導することです。
Understanding Immunity in Children Vaccinated With Live Attenuated Influenza Vaccine (Journal of the Pediatric Infectious Diseases Society, Volume 9, Issue Supplement_1, March 2020, Pages S10–S14)
- 鼻粘膜でのウイルス増殖は、分泌型IgA(sIgA)抗体の産生を強力に刺激します。
- このsIgAは、粘液層に分泌され、後から侵入してくる本物のインフルエンザウイルスが細胞に結合するのを「水際」でブロックします。
- IIVは、血中のIgGは上昇させますが、感染の「水際」である鼻粘膜のsIgAを誘導する力は非常に弱いとされています。LAIVは、IIVがカバーできない第一線の防御を構築するのです。
2. 第2の防御:全身性の液性免疫 (Systemic IgG)
・IIVと同様に、LAIVも血清中のIgG抗体(全身性の抗体)を誘導し、全身の防御にも寄与します
3. 第3の防御:細胞性免疫 (T-cell Response)
・これがLAIVのもう一つの、そして極めて重要な利点です。生きたウイルスが細胞内で増殖するプロセスを模倣するため、LAIVは液性免疫(抗体)だけでなく、強力な細胞性免疫(T細胞応答)を誘導します。
- 特に小児において、LAIVはIIVと比較して、CD4+ T細胞(ヘルパーT細胞)およびCD8+ T細胞(細胞傷害性Tリンパ球)を顕著に活性化させることが複数の研究で示されています。
- このT細胞応答は、ワクチン接種後、少なくとも1年間にわたり持続することが報告されています。
T細胞がもたらす「交差防御能 (Cross-Protection)」の可能性
では、なぜT細胞の誘導がそれほど重要なのでしょうか? それは、「交差防御能」への期待です。
インフルエンザワクチンの最大の課題は、ご存知の通り、毎年の流行株予測が「外れる(ミスマッチする)」ことです。IIVが誘導するIgG抗体は、主にウイルスの表面にあるHA(ヘマグルチニン)抗原を標的にします。このHAは非常に変異しやすいため、ワクチン株と流行株がミスマッチすると、IIVの有効性は著しく低下します。
一方で、LAIVが誘導するT細胞は、変異しやすい表面抗原(HA)だけでなく、ウイルスの内部にある変異しにくい(保存された)タンパク質(核タンパク質: NP、Mタンパク質など)のエピトープを認識します。
この機序により、LAIVが誘導するT細胞免疫は、たとえワクチン株と流行株のHA抗原がミスマッチしていても、感染細胞を認識して破壊し、発症や重症化を抑制する効果(交差防御能)を発揮する可能性が強く示唆されています。
これは、インフルエンザワクチン戦略において極めて重要です。IIVが「予測が当たれば強いが、外れると弱い」という戦略であるのに対し、LAIVは「予測が外れたシーズンでも、T細胞による一定の防御(セーフティネット)が期待できる」というワクチン戦略なのです。
この違いを明確にするため、以下の表に両ワクチンの特徴をまとめます。
LAIVとIIVの免疫学的・臨床的特徴の比較
| 特徴 | LAIV(点鼻生ワクチン) | IIV(不活化ワクチン) | 
| 投与経路 | 経鼻(鼻腔噴霧) | 筋肉内または皮下注射 | 
| 機序 | 自然感染の模倣(上気道で増殖) | 抗原(ウイルスの断片)の提示 | 
| 主要な免疫応答 | ||
| 粘膜免疫 (sIgA) | 強力に誘導 (+++) | 誘導は弱い (+/-) | 
| 全身性抗体 (IgG) | 誘導 (++) | 強力に誘導 (+++) | 
| 細胞性免疫 (T細胞) | 強力に誘導 (+++) | 誘導は弱い (±) | 
| 防御のタイプ | 局所(粘膜)+ 全身性 | 全身性 | 
| 交差防御能 | T細胞により期待できる | 限定的(主に抗体依存のため) | 
| 主な副反応 | 鼻汁、鼻閉 | 注射部位の疼痛、腫脹 | 
臨床効果:LAIV vs IIV 最新比較(2020-2025年)
LAIVの特徴・免疫機序は理解できても、重要であるのは、「結局、注射のワクチンと比べて効果はどうなのか?」という点でしょう。
これについては、直近5年間に質の高いシステマティック・レビューが複数報告されています。
2024年最新メタアナリシスより
2024年にBMC Infectious Diseases誌に掲載された、小児におけるLAIVとIIVの有効性を直接比較したシステマティック・レビューおよびメタアナリシス では、以下のような内容が示されました
↓
Head-to-head comparison of influenza vaccines in children: a systematic review and meta-analysis (J Transl Med. 2024 Oct 4;22:903. doi: 10.1186/s12967-024-05676-9)
まず、3価ワクチン同士を比較した全研究(15,156人の小児)のプール解析では、LAIVとIIVの有効性に統計的な有意差は認められませんでした(LAIVのIIVに対するオッズ比 = 0.77, 95%信頼区間 [CI] 0.44–1.34)。
メタアナリシスは、質の低い小規模な研究(ノイズ)を含めると、真の効果が薄まってしまう可能性があります。そこで研究者らは、研究の質と規模でデータを層別化しました。
その結果、12,154人が参加した「大規模・多施設共同試験」(=ノイズが少なく、より一般化可能性が高い、信頼性の高いデータ)のみを抽出して再解析したところ、結果は一変しました。
このサブグループ解析では、LAIV(3価)は IIV(3価)と比較して、インフルエンザ感染のオッズを50%も有意に低下させることが示されたのです(OR = 0.50, 95% CI 0.28–0.88)。
これは、「質の高いエビデンスに基づけば、LAIVはIIVよりも優れた予防効果を持つ可能性が高い」ことを示唆しています。
ウイルス型別の有効性
・また、別の研究では、ウイルス型によっても両者の得意・不得意が示唆されています。あるデータによれば、LAIVとIIVはA型インフルエンザ(rVE=7%, 95% CI: –15% to 33%)に対しては同等の有効性であったものの、B型インフルエンザに対しては、LAIVがIIVよりも有意に高い有効性を示した(rVE=196%; 95% CI: 73% to 406%)と報告されています。
Real-world Effectiveness of Live Attenuated and Inactivated Influenza Vaccines in Children and Adolescents from 2003 to 2023: a Plain Language Summary of Publication (Ther Adv Infect Dis. 2025 Oct 17;12:20499361251390680. )
実臨床での有効性(VE)データ
・米国の実臨床(Real-World)データも見てみましょう。IIVが主流である米国の2022-23年シーズンにおいて、18歳未満の小児におけるインフルエンザA型による入院および救急受診に対するVE(ワクチン有効性)は40%~48%でした。続く2023-24年シーズンでも、小児(6ヶ月~17歳)におけるVEは52%~67%と報告されています 。
・これらのデータは、LAIVとIIVがいずれも実臨床において中等度の防御効果を提供していることを示しており、LAIVがIIVに劣るというエビデンスは、少なくとも近年のデータからは見当たりません。
「ACIP推奨停止」の過去と現在
さて、ここで冒頭に述べたLAIVへの懸念の一つ、「米国ACIPによる推奨一時停止」という過去の事実をチェックしていきましょう。
2016-2018年:なぜ推奨は停止されたのか
・2016年、ACIPは2016-17年シーズンにおいてLAIVの使用を推奨しない(not recommended)という決定を下しました。この措置は2017-18年シーズンまで、2年間にわたり継続されました。
・その原因は、2013-14年および2015-16年シーズンに米国内で収集された複数の監視データから、LAIVがインフルエンザA(H1N1)pdm09株に対し、期待された有効性を示さなかった(VEが低い、あるいは統計的に有意でなかった)ことが判明したためです。
Update: ACIP Recommendations for the Use of Quadrivalent Live Attenuated Influenza Vaccine (LAIV4) – United States, 2018-19 Influenza Season (MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2018 Jun 8;67(22):643-645. doi: 10.15585/mmwr.mm6722a5.)

原因の特定:ワクチン株の「増殖能」という技術的問題
・この結果を受け、製造元(AstraZeneca/MedImmune)は広範な調査を開始しました。その結果、これはLAIVという「技術プラットフォーム」そのものの失敗ではなく、「特定のワクチン株の技術的な問題」であったことが突き止められました。
・具体的には、当時使用されていたA(H1N1)pdm09のワクチン株(A/California株およびA/Bolivia株)が、弱毒化の過程で、ヒトの鼻粘膜上皮細胞における増殖能(replicative fitness)**が意図せず低下してしまっていたのです。
・LAIVの免疫機序は「鼻粘膜での(安全な)増殖」が起点です。この起点となる増殖が不十分であったため、A(H1N1)pdm09株に対する免疫誘導が弱くなっていたのです。
https://www.izsummitpartners.org/content/uploads/2017/05/10e-1_Bandell_Update-on-LAIV.pdf
2018年の推奨再開:ワクチン株の変更(A/Slovenia)
・原因が特定されれば、解決は可能です。製造元は、この増殖能の問題を解決するため、A(H1N1)pdm09のワクチン株を、より増殖能の高い新しい株(A/Slovenia/203/2015)に変更しました。
・この新しいA/Slovenia株は、臨床試験において、以前のA/Bolivia株と比較して、小児におけるウイルス排出量(shedding)が有意に多く、抗体応答も高いことが確認されました。
・この「ワクチン株の技術的な問題が科学的に特定され、かつ解決された」という明確なエビデンスに基づき、ACIPは2018-19年シーズンから、LAIVをインフルエンザワクチンの推奨リストに正式に戻すことを決定しました。
Update: ACIP Recommendations for the Use of Quadrivalent Live Attenuated Influenza Vaccine (LAIV4) — United States, 2018–19 Influenza Season

現在、日本で承認されたフルミスト®を含む、世界で供給されているLAIVは、もちろんこの問題が解決された後の製剤です。
小児の喘息・反復性喘鳴への安全性
・過去の有効性の問題が解決されたとして、もう一つの課題は「喘息・喘鳴」への安全性です。小児科外来を受診する児の中で、喘息の診断、あるいは反復性喘鳴の既往を持っていますお子さんは多くいるのです。
添付文書上の禁忌と注意事項
まず、現行の添付文書(米国版・日本版共通)の記載を確認しましょう。
Safety of influenza vaccination in children with allergic diseases (Clin Exp Vaccine Res
. 2015 Jul 29;4(2):137–144. doi: 10.7774/cevr.2015.4.2.137)
- 禁忌(Contraindication):24ヶ月(2歳)未満の小児。
- これは、過去の臨床試験で2歳未満の児において、プラセボ群と比較し、喘鳴(wheezing)のリスク増加が統計的に認められたためです。この年齢群への投与は絶対禁忌です。
 
- 注意事項(Warning/Precaution):
- 2歳~4歳の小児で、過去12ヶ月以内に喘鳴の既往または診断がある。
- 全年齢で、活動性の喘息発作があるか、重度の喘息患者。
 
この「注意事項」という記載が、臨床医の使用をためらわせる最大の要因です。しかし、この点に関して、2024年から2025年にかけて、私たちの臨床判断を覆す可能性のある、重要なエビデンスが立て続けに発表されました。
最新エビデンス(1):2025年 システマティック・レビュー (Pediatrics)
2025年5月に権威ある小児科雑誌 Pediatrics に掲載された、喘息または反復性喘鳴の既往がある患者におけるLAIVの安全性に関するシステマティック・レビューが発表されました。
Safety of LAIV Vaccination in Asthma or Wheeze: A Systematic Review and GRADE Assessment (Pediatrics. 2025 May 1;155(5):e2024068459. doi: 10.1542/peds.2024-068459.)

このレビューでは、LAIVとIIVの安全性を比較した15件の研究が評価されました。その結果、比較研究の86.7%において、患者報告による安全性アウトカム(喘息増悪など)に、LAIV群とIIV群との間で統計的な有意差は認められませんでした。
研究者らは、「LAIVとIIVの安全性プロファイルは、疾患の重症度に関わらず、喘息および/または反復性喘鳴を有する小児において同等であることが示唆された」と結論付けています(ただし、全体的なエビデンスの確実性は「非常に低い」から「中等度」と評価されています。
最新エビデンス(2):2024年 RCT(5歳~17歳の喘息患児)
さらに強力なエビデンスが、2024年に発表されたランダム化比較試験(RCT)です。
Safety of Live Attenuated Influenza Vaccine in Children With Asthma (Pediatrics
. Author manuscript; available in PMC: 2024 Jul 10.)
この研究は、LAIVの使用が最も懸念される集団、すなわち5歳から17歳の持続性喘息(軽症~重症を含む)の小児142名を対象に行われました 。対象者をLAIV4群とIIV4群にランダムに割り付け、ワクチン接種後42日以内の喘息増悪の頻度を比較しました。
- 喘息増悪の頻度:
- LAIV4群:11% (74人中 8人)
- IIV4群: 15% (68人中 10人)
 
- 統計解析:
- LAIV4群はIIV4群と比較して、喘息増悪のリスクを増加させない(非劣性)ことが統計的に証明されました(群間差 -3.90%, 90% CI -14.53% to 6.74%)。
 
この結果は、中等症~重症の喘息患者を含むサブグループでも一貫しており、過去の研究 と合わせ、「5歳以上の安定した喘息患児において、LAIVはIIVと比較して喘息増悪のリスクを増加させない」という強力なエビデンスを提供するものです。
臨床的判断のアップデート
これらの最新知見は、私たちの臨床判断をアップデートするものです。「喘息=LAIV禁忌」という訳ではことを理解しておく必要があります。
- 2歳未満: 引き続き絶対禁忌です。
- 2歳~4歳(喘鳴既往あり): 添付文書上は「注意」であり、リスクとベネフィットを個別に慎重に評価する必要があります。
- 5歳以上(安定した持続性喘息): 添付文書上は「注意」ですが、最新のRCT およびシステマティック・レビュー に基づけば、IIVと同等に安全な選択肢として考慮できる可能性が非常に高いです。
表2:LAIVと喘息・喘鳴に関する年齢別安全性エビデンス(2024-2025年)
| 対象年齢 | 添付文書上の記載 | 2024-2025年の最新主要エビデンス | 
| 2歳未満 | 禁忌(喘鳴リスク増加のため) | 変更なし。投与すべきではない。 | 
| 2歳~4歳 | 注意(反復性喘鳴の既往がある場合) | エビデンスは限定的。個別の慎重な判断が必要。 | 
| 5歳~17歳 | 注意(喘息の既往がある場合) | IIVに対する安全性の非劣性がRCTで示された(増悪リスクに有意差なし)。IIVと同等の選択肢として考慮可能。 | 
禁忌と重要な注意事項
・喘息以外にも、LAIVを投与する際には絶対に見逃してはならない禁忌事項と、重要な注意事項が存在します。これらは臨床現場でのスクリーニングに必須です。
絶対禁忌(LAIVを投与してはならない患者)
重度のアレルギー・アナフィラキシー
・LAIVは鶏卵を用いて製造されます。卵タンパク質、またはゲンタマイシンやゼラチンなど、他のワクチン成分に対して重度のアレルギー反応(アナフィラキシー)の既往がある患者には禁忌です。
アスピリン内服中の小児・青年(17歳以下)
・自然感染のインフルエンザとアスピリンの併用によるライ症候群のリスクはよく知られています。LAIVは生ワクチンのため、この理論的リスクを排除できません。したがって、アスピリンまたはアスピリン含有製剤(例:川崎病治療後など)の治療を受けている小児および青年(17歳以下)には禁忌です。また、ワクチン接種後4週間もアスピリン含有製剤の投与は避けるべきです。
重度の免疫不全状態
・生ワクチンの原則通り、LAIVは免疫機能が著しく低下した患者には禁忌です。
- 例:悪性腫瘍、白血病、リンパ腫
- 化学療法、放射線治療、または高用量ステロイド、生物学的製剤(デュピルマブなど)による免疫抑制療法を受けている患者
- AIDS、症候性HIV、または無治療のHIV感染者
妊婦
・胎児への理論的リスクから、生ワクチンであるLAIVは妊婦にも禁忌とされています。
重要な相互作用
抗インフルエンザウイルス薬との併用
・タミフル、リレンザ、イナビル、ゾフルーザなどの抗インフルエンザウイルス薬は、LAIVの弱毒化ウイルスの増殖も抑制してしまいます。
・ワクチン接種前48時間以内、または接種後2週間以内にこれらの薬剤が投与された場合、LAIVの免疫獲得効果が減弱する可能性があります。もし併用が必要だった場合は、再接種を検討する必要があります。
一般的な副反応
LAIVの副反応は、その作用機序(鼻粘膜での増殖)を反映しています。スペインでの4,971人を対象とした大規模調査 によると、最も一般的な副反応は以下の通りです。
- LAIV群: 鼻汁 (40.9%)
- IIV群: 注射部位疼痛 (31.9%)
LAIVで報告された副反応の大半(60%)は1日以内に消失し、日常生活への支障や医療機関の受診が必要となったケースは極めて稀(3%未満)であったと報告されています 。保護者には、「ワクチンのウイルスが鼻で働いている証拠として、鼻水が出ることがありますが、通常は軽微ですぐに治まります」と説明するのが適切でしょう。
Adverse Effects Related to Paediatric Influenza Vaccination and Its Influence on Vaccination Acceptability. The FLUTETRA Study: A Survey Conducted in the Region of Murcia, Spain (Influenza Other Respir Viruses
. 2024 Jun 21;18(6):e13331. doi: 10.1111/irv.13331)
Q&A: ウイルスシェディング(排出)と伝播リスク
・保護者や、医療従事者自身から、「生ワクチンを接種した子が、ウイルスを撒き散らして、家族(特に免疫不全の祖父母や幼い兄弟)にうつしませんか?」という質問がきたら、どのように回答しましょう?
ウイルスは排出されるか? → Yes
確かに、厳密に答えるならばウイルスは排出されます。
LAIV接種後、小児および成人はワクチンウイルスを鼻から排出(shedding)します。排出量は自然感染のインフルエンザウイルスよりも少ないですが、HIV感染者などでは健常者よりも排出期間が長引く可能性が示唆されています。
周囲への伝播(Transmission)リスクは? → 理論上ゼロではないが、極めて低い
では、その排出されたウイルスが他者に感染し、病気を引き起こす(伝播)リスクはどの程度でしょうか??
結論から言えば、そのリスクは極めて低いと考えられています。
- 理由: 「低温順化(cold adapted)」が鍵となります 。ワクチンウイルスは、低温の鼻腔では増殖できますが、高温の下気道(肺)や体外環境では増殖・生存しにくい特性を持っています。
- 実績: LAIVが長年にわたり広範に使用されてきた米国において、ワクチンウイルスが免疫不全の接触者に伝播し、重篤な疾患を引き起こしたという確実な報告はありません。第2相試験のデータでも、周囲への病原性は観察されていません。
免疫不全者の家族への接種ガイドライン(ACIP)
このリスク管理について、米国ACIPは実践的なガイドラインを定めています。
- LAIV接種を避けるべき接触者:「保護環境(例:骨髄移植後などで陽圧室管理)を必要とする重度の免疫不全者」を日常的にケアする家族や医療従事者 
- この場合、IIV(不活化ワクチン)を接種するか、LAIV接種後は7日間、その患者との接触を避けるべきとされています。
- https://www.hse.ie/eng/health/immunisation/hcpinfo/fluinfo/information-about-the-nasal-flu-vaccine-and-viral-shedding.pdf
 
- LAIV接種をしても良い接触者:上記以外の、一般的な免疫不全状態(例:外来化学療法中、HIV感染者、糖尿病、ステロイド内服中の喘息患者など)の患者と接触する家族や医療従事者。
- この場合、LAIVを含め、いずれのワクチン(IIV, RIV, LAIV)を接種しても良いとされています。
 
私たち専門家は、この区別を明確に理解する必要があります。一般的な家庭内接触(例:喘息の弟、糖尿病の祖母)は全く問題なく、問題となるのは病院の「陽圧室」レベルの極めて特殊なケースに限定される、と理解するのが妥当です。
日本国内における「フルミスト®点鼻液」の実際
最後に、日本の医療専門家が明日からの臨床で使用する上で必須となる、国内での承認状況、費用、そして承認の根拠となった国内臨床試験のデータを整理します。
承認情報と対象年齢
- 製品名: フルミスト®点鼻液
- 製造販売元: 第一三共株式会社
- 承認日: 2023年3月27日
- 承認対象年齢: 2歳以上 19歳未満
ここで重要な注意点は、米国の承認対象年齢(2歳~49歳)とは異なり、日本の承認は19歳未満の小児・青年に限定されていることです。したがって、19歳以上の成人に使用することは適応外となります。
接種の位置づけと費用
- 位置づけ:任意接種
- インフルエンザの定期接種(高齢者など)の対象とはなりません。
 
- 費用: 医療機関によって異なりますが、おおむね 1回 8,000円~10,000円 程度が相場となっています
- IIV(不活化ワクチン)と比較して高額であるため、保護者への説明には、その価格差と特徴の違い(免疫機序の違い、交差防御能の期待など)を伝える必要があります。
 
国内第3相試験(jRCT2080223345)の結果
フルミスト®の国内承認の主要な根拠となったのが、2016-17年シーズンに実施された第3相臨床試験(2024年に論文化)です。
The efficacy and safety of a quadrivalent live attenuated influenza nasal vaccine in Japanese children: A phase 3, randomized, placebo-controlled study (J Infect Chemother. 2025 Feb;31(2):102460. doi: 10.1016/j.jiac.2024.06.023. Epub 2024 Jul 2.)

- 対象: 2歳~18歳の日本人小児 910名(LAIV群 608名, プラセボ群 302名)
- 有効性(主要評価項目:全てのインフルエンザ株):
- 発症率: LAIV群 25.5% vs プラセボ群 35.9%
- 相対的リスク減少率 (RRR): 28.8% (95% CI, 12.5% – 42.0%)
- プラセボに対し、統計的に有意な発症予防効果が示されました。
 
- 安全性:
- 最も多かった有害事象は鼻汁(LAIV群 59.2% vs プラセボ群 52.6%)であり、重篤な有害事象に群間差はありませんでした。
 
国内試験結果の解釈
「RRR 28.8%」という有効性の数字は、一見すると低いように感じられるかもしれません。しかし、このデータを評価する上で絶対に欠かせない「背景」があります。
別の報告によると、この試験が実施された2016-17年シーズンは、流行株の大半(287株中275株)が、ワクチン株と抗原性が大きく異なる(ミスマッチした)H3N2株でした。
The safety and efficacy of quadrivalent live attenuated influenza vaccine in Japanese children aged 2‐18 years: Results of two phase 3 studies (Influenza Other Respir Viruses
. 2018 Apr 10;12(4):438–445. )
このような「ワクチンが非常に不利な(IIVの効果が期待しにくい)」シーズンにおいて、LAIVはプラセボに対して有意な有効性(全株に対する有効性 26.3% )を示したのです。
これは、LAIVの「T細胞応答による交差防御能」が寄与した可能性を強く示唆しています。つまり、この国内試験の結果は、「LAIVの効果が低い」ことを示したのではなく、むしろ「流行予測が外れたシーズンでも、IIVにはない防御効果を発揮しうる」という、LAIVのユニークな価値を証明したデータだと解釈できるでしょう。
表3:フルミスト®点鼻液(日本)とFluMist Quadrivalent(米国)の比較
| 項目 | 日本(フルミスト®点鼻液) | 米国(FluMist® Quadrivalent) | 
| 承認製造販売元 | 第一三共株式会社 | AstraZeneca / MedImmune | 
| 承認対象年齢 | 2歳以上 19歳未満 | 2歳以上 49歳以下 | 
| 接種の位置づけ | 任意接種(自費) | ACIP推奨 | 
| 想定費用 | 8,000~10,000円程度 | 保険償還の対象 | 
今後の展望
最後に、LAIVとインフルエンザワクチンを取り巻く、国際的な最新の動向を3点紹介します。
1. B/山形株の消滅と「3価」ワクチンへの移行
2020年以降、インフルエンザB/山形系統のウイルスは世界的に検出されていません。これを受け、WHOおよび各国の規制当局(FDAを含む)は、2025-2026年シーズンからB/山形株をワクチン株から除外し、従来の4価から3価(A(H1N1)pdm09、A(H3N2)、B/Victoria)に移行することを決定しました 。
これに伴い、フルミスト®も「LAIV4」から「LAIV3」へと切り替わっていく予定です 。
Prevention and Control of Seasonal Influenza with Vaccines: Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices — United States, 2025–26 Influenza Season

2. チメロサールフリー製剤への推奨
米国のACIPは2025年6月、安全性への配慮から、小児(18歳以下)および妊婦に対しては、防腐剤としてチメロサールを含まない、単回投与(シリンジやスプレー)製剤のみを使用すべきである、という新しい推奨を採択しました。
LAIV(フルミスト®)は、元々がチメロサールフリーの単回投与スプレーデバイスであり、この新しい安全基準の推奨に完全に合致しています。
結論
本記事では、点鼻インフルエンザワクチン(LAIV)、「フルミスト®点鼻液」について詳細に解説してきました。
記事を総括し、以下にまとめます。
価値は「痛くない」だけではない
・LAIVの本質的な価値は、IIVとは異なる「粘膜免疫(IgA)」と「細胞性免疫(T細胞)」を強力に誘導する、そのユニークな免疫機序にあります。
交差防御能への期待
・T細胞応答により、流行株予測が外れた(ミスマッチした)シーズンにおいても、IIVを補完、あるいは凌駕する「交差防御能」が期待できます
禁忌
・2歳未満の小児、アスピリン内服中の小児、重度の免疫不全患者、妊婦といった絶対禁忌は、引き続き厳格に遵守する必要があります。
 
  
  
  
  

コメント